学会発表:近藤章夫・濱田博之(2005)

発表タイトル:
半導体産業における立地変動の経年分析―東北地方と九州地方の比較研究―

発表学会等:
人文地理学会(2005年度大会)
2005年11月13日、九州大学

要旨:
  1980年代後半にDRAM(Dynamic Random Access Memory)の生産を中心に世界を席巻した日本の半導体産業は,日米半導体協定を潮目に90年代に入るとアメリカメーカーの追い上げ,韓国・台湾メーカーの台頭などを背景に国際競争力が相対的に低下した.日本の半導体メーカーの多くが,電機・電子機器を総花的に生産する総合電機メーカーであり,90年代は半導体事業以外の「本業」の不振による事業縮小や事業再構築などが進み,その結果,半導体事業の投資抑制が行われたことも競争力低下の要因としてあげられている.

  半導体産業の特徴の1つは「ムーアの法則Moore's Law」と呼ばれるロードマップによって産業の発展が進む点にある.インテルの共同創業者であるG.Moore氏(現名誉会長)が1965年に主張した「半導体の集積度は18〜24ヶ月で2倍になる」という予測は,過去40年の半導体産業の技術進歩を的確に表現したものであるとともに,半導体メーカーの道標としても重要であった.最近ではムーアの法則に代わる「ファンの法則」が半導体産業で喧伝されている.韓国メーカーであるサムソン電子の半導体総括社長ファン・チャンギュ(黄昌圭)氏が唱える「集積度は1年で2倍」という議論で,サムソン電子が半導体産業を牽引している産業構造がこうした議論の背景にある.日本の半導体産業も含め,集積度の倍増ゲームというロードマップがメーカーに継続的な技術革新を強いるという点に半導体産業の特性がある.

  半導体産業のもう1つの特徴は設備投資が巨額である点である.半導体生産では半導体回路を焼き付けるシリコンウェハーの面積(直径)が拡大すればするほどより多くの半導体チップを生産できるため,ウエハーの大口経化が生産コストの低減に直結する.また,ウエハーに焼き付ける加工技術も微細化が進み,近年では微細加工技術がマイクロメートル(μm)からナノメートル(nm)の世界に入るなど,製造装置の高度化や大型化が進んでいる.そのため,継続的な半導体製造装置の刷新が競争力の向上や維持に必要である.一般に半導体産業では売上高の15%〜20%が設備投資の適正規模であるといわれるが,電子産業のみならず,幅広い産業に「産業のコメ」として半導体チップが用いられているため,メーカーにとってみると需要予測が難しく,事前に設備投資の適正規模を決めるのは不可能に近い.半導体産業のvolatility(業績変動の振れ幅)が非常に高いというのは,こうした設備投資の巨額化と市場の不確実性に起因している.

  以上のような特徴をもつ半導体産業であるが,産業立地の点でみると工程分業が進んでいる.半導体製造は,回路設計からウエハーを加工する「前工程」と呼ばれる部分と,ウエハーをチップに切断してチップをリードフレームに接合する組立や品質検査など「後工程」と呼ばれる部分に大別される.一般に,前工程は資本集約的,後工程は労働集約的な側面が強く,設備投資は前工程に約8割,後工程に約2割に振り分けられるといわれる.日本の大手半導体メーカーは研究開発,前工程,後工程まで全工程を自社内で行う垂直統合型メーカー(IDM:Integrated Device Manufacturer)を指向している点に特徴があり,研究開発の拠点は大都市圏,前工程は地方圏,後工程は前工程に近接した地域や海外への展開,といった空間分業を形成してきた.特に,アメリカメーカーの空間組織との比較でみると,日本メーカーは@研究開発拠点からの前工程の分散,A前工程と後工程が近接して立地,B海外工場は主に後工程,という特徴があるといわれる(Arita and McCann, 2002).特にAの点でいうと,日本の半導体メーカーの多くが本社や研究開発部門を東京にもち,地方圏に前工程や後工程が分散的に立地した.地方圏のなかでも東北地方は「シリコンロード」と呼ばれ,九州地方は「シリコンアイランド」と称されるまでに立地の集積が進んだ.

  一方,海外に目を転じると,アメリカのシリコンバレーを中心とした設計専門会社の興隆や台湾のファウンドリメーカー(製造受託専門会社)の台頭など世界的に空間分業が進んでおり,またSEMATECHやIMECなど最先端の技術分野における国際的な共同開発が盛んになっているなど,従来の企業や組織の枠を超えた分業やコラボレーションがみられるようになってきている.

  こうした世界的な流れをうけ,日本においても,日立製作所と三菱電機の半導体事業統合によるルネサステクノロジや日本唯一のDRAM専業メーカーであるエルピーダメモリの誕生,NECエレクトロニクスの分社化など産業再編が進んでいる.半導体産業の「集積地」として東北地方や九州地方もこうした再編による影響を受けていると考えられるが,半導体製造装置メーカーを含めて80年代末から2000年初頭までの立地変動を主に機能変化や分業関係の点から比較考察する.

参考文献

Arita, T. and McCann, P. 2002:The Spatial and Hierarchical Organization of Japanese and US Multinational Semiconductor Firms. Journal of International Management, 8: 121-139.