学会発表:濱田博之(2006)

発表タイトル:
特定工場設置届出を用いた地方工業化過程の実態把握

発表学会等:
日本地理学会(2006年度秋季学術大会)
2006年9月23日、静岡大学

要旨:
1.研究の視点
  工場の全国的な展開過程を把握するにあたって様々な統計データが利用されてきたが、これまで「特定工場設置届出」を用いた研究はほとんどなされてこなかった。これは特定工場設置届出が一般に公開されていたとはいえ、個票に近い個別データの一覧表としてのみの公開であり、集計し統計データとして扱うには膨大な手間が必要だったことが要因としてあったものと考えられる。しかし裏を返せば多様な集計や分析が可能であることから、資料として極めて有用であるといえよう。そこで本発表では特定工場設置届出を用いることでいかなる分析が可能となるか、地方工業化過程の実態把握を中心に検討していくこととする。

2.特定工場設置届出の概要
  特定工場設置届出は、工場立地法によって工場の新設または増設の際に届出が義務づけられているものである。対象となるのは製造業・電気ガス熱供給業者(水力・地熱発電所は除く)の工場のうち、敷地面積が9,000u以上または建築面積が3,000u以上のいずれかの条件に該当するものと指定されている。
  このデータは「産業立地」(1978年8月までは「工業立地」)誌にほぼ毎月、「特定工場設置届出ニュース」として1970年1月から1999年12月までの期間について掲載されており、この期間のものは一般に入手できる。データは経済産業省(旧:通産省)が届出を受理した月ごとに集計され、届出のあった工場個々の会社名・本社所在地・設置場所(市町村)・業種・製品名などの情報が一覧表として記載される。
  上記の期間に公開されたデータは82,630件だが、今回はこのうち新設として記載された14,575件を検討対象とした。これは増設よりも新設工場のほうが地域に与えるインパクトが大きく、工業の地方展開を検討するには適していると判断したためである。ただし新増設の別は1973年以降しか掲載されていないため、扱った期間は1973年1月から1999年12月までのものとなる。各年の新設件数をみると、好不況の影響を受けるように1990年の1,042件を最多とし、1999年の275件が最少となっている。業種別では食料品の1,812件(12.4%)がもっとも多く、次いで電気機械の1,713件(11.8%)、金属の1,619件(11.1%)となっている。同様の傾向は工場立地動向調査などからも得ることができるが、特定工場設置届出を用いることにより、これまでは行い得なかった市町村と業種のクロス集計など、より詳細な分析が可能となる。

3.域外資本による工場設置
  工場が自県内に本社を置く企業によって設置された割合をみてみると、ほとんどの都道府県で50%を超える値を示す。その中でも特に割合が高い地域には、沖縄県(90.9%)や高知県(75.9%)のように地理的制約から工場誘致にあたっての優位点を明確に示すことができなかったと考えられる地域、そして東京都(90.0%)や大阪府(85.6%)のように本社所在地としての企業活動が活発であるために、相対的に他地域からの進出が少なくなっている地域とがある。
  このうち後者は上位の都市階層に属する地域であり、同時に他県への影響力も強い。本社所在地ごとに影響圏をみていくと、上位の都市階層にある県ほど広い影響圏を持っており、おおむね都市システムに従った結果となっている。また基本的に自県に近いほど影響力が強くなっており、距離に従って低減していく傾向にある。その影響圏は他の強い中心性を持つ本社所在地の影響圏との境界まで広がっているが、きわめて強い中心性を有する東京都の影響力は、愛知県や大阪府の影響圏を越えた九州地方にまで広がっており、いわゆる潜上現象を確認できる。

4.特定工場設置届出の有用性
  これまでほとんど用いられてこなかった特定工場設置届出だが、このように統計データとして集計することで、地方工業化について既存の統計では捉えきれなかった部分を明らかにすることができた。さらに約30 年間の継続したデータということをあわせることで、地方工業化の過程についても把握が可能である。このように集計にかかる手間の問題を解決すれば、きわめて有用な資料であると判断できる。