学会発表:濱田博之(2010)

発表タイトル:
数量経済地理学からみた日本工業の立地調整

発表学会等:
経済地理学会(2010年大会・フロンティアセッション)
2010年5月23日、広島大学

要旨:
 国家や大都市圏といったスケールで工業空間の形成を検討するにあたっては、統計資料を用いたマクロ的視点からのアプローチを欠かすことはできない。しかし現代の日本のように統計整備が進んでいる地域においてさえ、既存の統計のみからでは不明瞭な点が残ることを否定できない。高度成長期においては新設工場の動きを追えば全体を代表できたが、以降の安定成長期においては再編の要素が相対的に強くなっている。そのため新設ばかりではなく、閉鎖や移転といった要素についても把握していかなくては、実態を正確に把握することはできない。このような再編過程にあたる「立地調整」について把握するには、既存統計に頼らない新たな手法を検討する必要がある。

 そこで考えられるのが数量的データの活用である。これまで用いられることの少なかった数量的データを積極的に活用することで、立地調整の要素が強くなった安定成長期についての検討を可能とする。これは既に集計されたデータではなく、個票に近いデータを数多く収集し、それを独自に集計分析することで、既存統計を用いた手法では不明瞭だった点について明らかにしようと試みる手法である。

 それに先立ち、まずは既存統計を用いてシフトシェアとジニ係数による分析を行った。シフトシェア分析からは都道府県毎の製造業の成長要因と成長に寄与した業種を明らかにし、またジニ係数の分析からは、ほぼすべての業種が分散する傾向にあるものの、その度合いは業種によって大きく異なっていることを明らかにした。このように既存の手法からでも明らかにできることは多いが、これらはいずれも二時点間における純増減をもとに議論しているという決定的な弱点を持っている。

 そこで立地調整の議論を導入し、都道府県毎の従業者数の変化を例にとり「新設」「閉鎖」「増強・縮小」の各要素に分解した。その結果として従業者数の増加率が等しい場合でも、その内容には地域によって大きな差がみられることを示した。このことは単純な純増減や増減率のみによって状況を把握しようという試みには限界があることを示している。このように立地調整の概念は有効ではあるが、一方で利用できる資料に限界があるという欠点も持つ。これらの欠点は既存の統計資料を用いる限り乗り越えることはできず、数量的データを利用する他に克服する道はない。

 そこで数量的データを用いることで立地調整の各要素についての把握を試みた。まず「新設」についてだが、新設は立地調整の各要素のうち最も基礎的なものといえる。本社所在地が工場新設に与える距離の影響を検討すると、新設工場の資本所在地は多くの地域では自県が最も多かった。その一方で東京資本や大阪資本も自県資本に次いで存在しており、各地で強い影響を与えていた。これら資本所在地の影響力は距離が離れるに従って逓減する傾向にある。他県に影響を与えている地域としては、東京都、愛知県、大阪府、福岡県が抽出され、この4都府県を中心に全国が区分されていた。

 「閉鎖」は新設と対となる要素で、立地調整のうちでは最も重要なものの一つであるにも関わらず、これまでの研究では重視されてこなかった。しかし安定成長期に移行した近年では閉鎖の持つ重要性は格段に増しており、閉鎖の要因や跡地利用などより注目していく必要がある。全国的な閉鎖の動向について新聞記事データベースから把握を試みたところ、経営の効率化を目指した「集約による閉鎖」が大半を占めていることが明らかとなった。

 「移転」は新設や閉鎖に比べると副次的な要素ではあるが、その影響は単純な件数以上に大きいと考えられる。東京大都市圏南西部を事例として、工場の移転動向が時代によってどのように変化してきたのかを検討した結果、郊外地域は工業化の進展と同時に都心部との結びつきを弱め、郊外地域のみで完結した工業空間を形成する傾向にあることが示唆された。

 これらの各要素の動きを重ね合わせることにより、安定成長期における日本の工業空間の展開がいかなるプロセスをもって変容してきたのか、既存統計からでは不明瞭だった部分を描き出すことが可能となった。